相続人の立場を誰かに移したい場合 ~相続分の譲渡~

相続人の立場を誰かに移したい場合 ~相続分の譲渡~

〔相続人の選択肢としての「相続分の譲渡」〕
 誰かが亡くなって相続が開始した場合、相続人が相続放棄をしなければ、通常、他の相続人と話し合いなどをした上で遺産分割を行うことになります。
 しかし、相続放棄を行わなかった相続人であっても、自らの相続人としての立場を誰かに移して、遺産分割から外れることができるとされており、これを「相続分の譲渡」といいます。つまり、本来であれば、相続人として遺産(プラスのものもマイナスのものも含めて)を引き継がないといけないところ、その立場自体を、他の相続人や第三者に移転するのが相続分の譲渡になります。「立場自体」を移転するのが相続分の譲渡のポイントになりますので、遺産の具体的な中身である個々の財産の共有持分を譲渡することとは異なります。
 相続分の譲渡については、法律で、特別な方式が決められているわけではありませんので、譲渡当事者(譲渡人と譲受人)の合意だけで譲渡が成立することになりますが、実際には「相続分譲渡証書」などの書類を作成するのが通例です。また、相続分の譲渡にあたって、譲受人が一定の対価を支払うこともあれば、無償で行われることもあります。
 なお、相続分の全部の譲渡だけでなく、「一部」の譲渡も認められています。

 

〔相続債務がある場合の相続分の譲渡〕
 相続分の譲渡によって、相続人の立場が移転しますので、遺産の中にマイナスのもの(債務)があれば、当然、債務は譲受人に引き継がれることになります。したがって、遺産に債務が含まれている場合に相続分の譲渡を受けた者(譲受人)は、債権者との関係で、その債務を引き受けたことになるわけです。
 他方で、相続分の譲渡によって、債権者の同意なしに(前述のとおり、相続分の譲渡は当事者の合意だけで成立します)、譲渡人が債務を負わなくてよくなるとすれば債権者の保護に欠けることになります。したがって、相続債務については、債権者との関係では、債務を引き受けた譲受人だけでなく、譲渡人も併存して負うことになりますので、相続分の譲渡をしても、譲渡人は債務からは逃れることはできません。

 

〔相続分の譲渡後の手続〕
 相続分を全部譲渡した後は、譲渡人は遺産分割手続から外れ、代わって、譲受人が遺産分割手続に参加、つまり、譲受人を含めて遺産分割協議や遺産分割調停を行うことになります。他の共同相続人に対して相続分の譲渡をしたのであれば、譲受人は、それまでの相続分と譲渡によって取得した相続分を合計した相続分を有する相続人として、遺産分割手続に参加することになります。
 なお、共同相続人ではない第三者に相続分の譲渡がなされた場合、譲渡人以外の共同相続人は、相続分の価額(時価)と費用を、譲渡を受けた第三者に提供することによって、相続分を取り戻すことができるとされています(相続分の取戻し。民法905条)。これは、相続人ではない第三者が遺産分割手続に関与することによる混乱を避けるために、相続人に与えられた取戻権であり、第三者の承諾なしに、相続分を取り戻すことができるものですが、実際に使われることは非常に稀なようです。 

 

〔どのようなケースで相続分の譲渡が使われるか〕
①相続人が多数いて人数的な整理をしたいケース
 相続人の数が多くなればなるほど、遺産分割手続は手間がかかりますが、共同相続人間で相続分の譲渡を行い、遺産分割手続に関与する当事者を減らすことによって、手続をスムーズに行うことができます。
 なお、相続分の譲渡を行う際に、譲受人から一定の対価の支払いを受けることができれば、譲渡人としては、遺産分割(これは、相続人全員の合意が必要です)がまとまるのを待たずに、実質的に遺産分割をしたのと同様の経済的な利益を得ることもできます。

 

②相続放棄に代わる手段として用いるケース
 相続人が、遺産に興味がなく、遺産分割手続に関わりたくないような場合、まずは、相続放棄をすることが考えられます。 
 しかしながら、相続放棄は、所定の期間内に家庭裁判所での手続をしなければなりませんので、この期間を過ぎてしまうと、もはや相続放棄はできなくなります。そこで、相続放棄に代わるものとして、誰かに相続分を譲渡することによって、自分は遺産分割手続から外れることができ、相続を放棄したのと同じような状況になります。
 もっとも、前述のとおり、相続債務がある場合には、相続分の譲渡をしても、債権者との関係では債務から逃れることはできませんので、この点は債務を負わなくてよくなる相続放棄とは大きく異なります。
 また、「相続放棄」をした場合には、自分の相続分について、他の共同相続人が法定相続分に従って相続することになるのに対して、「相続分の譲渡」をした場合には、自分が譲渡した相手の持分が増えることになりますので、自分の相続分の行き先を自分で決められるという点も違いがあります。

 

③第三者を遺産分割に関与させたいケース
 内縁の配偶者など、法律上は相続人になれない方(第三者)でも、亡くなられた方との関係などから相続人として扱ってあげたいような場合に、相続人のうちの誰かが、内縁の配偶者などに相続分を譲渡することで、内縁の配偶者などの第三者が、遺産分割手続に直接関与できることになります。
 なお、この場合に相続分の取戻しの可能性があることは前述のとおりです。

(2022年11月10日)