振り込め詐欺救済法の実務② ~預貯金債権の消滅~

振り込め詐欺救済法の実務② ~預貯金債権の消滅~

消滅手続の開始

 金融機関は、「犯罪利用預金口座等であると疑うに足りる相当な理由があると認めるとき」は、速やかに、預金保険機構に対し、預貯金債権の消滅手続の開始に係る公告をすることを求めなければなりません(法4条1項)。
 この「消滅手続」というのは、預貯金債権を口座名義人から切り離す(引きはがす)イメージになります。そして、消滅手続によって、口座名義人から切り離された(引きはがされた)預貯金が、被害回復分配金として被害者に支払われることになります。
 なお、振り込め詐欺救済法では、口座凍結段階においては、犯罪利用預金口座等である「疑いがあると認めるとき」に取引停止措置を講じるとされているのに対し、消滅手続の開始段階では、「疑うに足りる相当な理由があると認めるとき」と書き分けられています。つまり、条文上、口座凍結段階では、消滅手続開始段階と比べて、金融機関のより迅速な対応が求められていると言えます。

消滅手続の開始に係る公告が行われない場合

 取引停止措置がされても、当該預金口座等について、以下のような手続が行われているときは、消滅手続の開始の公告が行われず、消滅手続および被害回復分配金の支払手続が行なわれないことになります。

⒜ 口座名義人による払戻の訴えの提起(法4条2項1号)
⒝ 強制執行(法4条2項1号)
⒞ 仮差押え(法4条2項1号)
⒟ 仮処分(法4条2項1号)
⒠ (⒜の払戻の訴えの提起を除く)訴えの提起(法4条2項1号→施行規則5条1号)
 これは、振り込め詐欺等の被害者が、預貯金口座に対して債権者代位訴訟を提起することを想定したものです。この点、被害者が、単に口座名義人を被告にして通常の損害賠償請求等の民事訴訟を提起することは、「当該預金口座等について」の訴えの提起にはあたらないことから、本号には含まれません。
⒡ 担保権の実行(法4条2項1号→施行規則5条2号)
⒢ 国税滞納処分(法4条2項1号→施行規則5条3号)
⒣ 組織的犯罪処罰法等の規定による保全手続(法4条2項1号→施行規則5条4号)
⒤ 没収の判決の確定(法4条2項1号→施行規則5条5号)

 なお、預金の一部(例えば、預金残高100万円のうち50万円のみ)について強制執行等の手続がとられた場合でも、預金債権は一体であることから、預金全体(100万円)について消滅手続を開始させることができなくなると考えられます 。
 また、当該預貯金口座の名義人について、民事再生、会社更生、破産、特別清算の各手続が開始している場合も、そもそも公告は行われません(法4条2項2号→施行規則6条)。

消滅手続についての公告

 消滅手続が開始されると、口座の名義人、口座残高、被害者から振込が行われた時期、取引停止措置がとられた時期などが預金保険機構のホームページで公告され、誰でも口座番号や名義人の氏名・名称などで検索を行うことができます
 一般的には、口座が凍結されてから消滅手続が開始するまでには1~2ケ月程度かかりますので、口座凍結後すぐに検索しても、口座の情報は見つかりません。もっとも、他の被害者などが凍結要請をした結果、口座がすでに凍結されて消滅手続が開始していれば、すぐに検索で見つけることができます。

消滅手続が途中で終了する場合

 消滅手続に入った後でも、当該口座に関して以下のようなことがあった場合には、消滅手続は途中で終了します(法6条1項、3項)。

⒜ 権利行使の届出(法5条1項5号)
 典型的には、口座の名義人が、自分が権利者であるとして、金融機関の所定の書式に記載して届け出た場合がこれに該当します。
 もっとも、「権利行使の届出」は、「名義人その他の対象預金等債権に係る債権者」によりなされるとされていますので、振込利用犯罪行為の被害者が口座名義人に対する債権(損害賠償請求権など)を有している場合には、当該被害者は金融機関へ権利行使の届出を行うことができます 。これができれば、被害者は、仮差押等の裁判手続によらなくても、消滅手続を途中で終了させることができます。もちろん、この場合も、金融機関に対して、自分が債権を持っていることのある程度の証明をすることが必要となります。
⒝ 消滅手続が開始しない場合(前述の法4条2項1号が定める場合)

消滅手続が途中で終了すると・・・

 消滅手続が途中で終了してしまえば、被害回復分配金の支払手続に移行しないことになります。
 もっとも、消滅手続が途中で終了したからといって、犯罪利用預金口座の疑いがあることに変わりがなければ、口座の凍結が当然に解除されるわけではありません。つまり、消滅手続が途中で終了すれば、振り込め詐欺救済法の手続はそれ以上進まなくなりますが、口座が凍結されている状態は基本的に続くことになります。
 そのため、例えば、口座名義人が権利行使届出をして消滅手続が途中で終了したとしても、金融機関から実際に払い戻しを受けられるとは限りませんので、払い戻しを受けたければ、払戻の訴えの提起をしなければなりません。また、被害者の立場であれば、口座名義人に対して民事訴訟を提起するなどして債務名義を取得し、当該口座に対する強制執行をしなければ現実に口座残高から回収をすることはできません

預貯金債権の消滅

 消滅手続が開始し、所定の期間内(60日以上、法5条2項)に前述の「権利行使の届出」などがなければ、預貯金債権が消滅し、預金保険機構はその旨を公告します(法7条)。
 これによって、預貯金債権が口座名義人から切り離され(引きはがされ)、預貯金残高が、被害回復分配金として被害者に支払われる手続に移行します。

(2024年1月10日)