自筆証書遺言には、その効力が認められるための厳格な要件が定められており、その要件の一つに印鑑が押してあることがあります。ですので、押印のない自筆証書遺言は要件を欠いて無効になります。遺言が無効ということになれば、遺言に書いてある内容とは関係なく、法定相続に従った相続が行われることになります。つまり、印鑑がないだけで、遺言を作った意味はなかったとうことになるのです。
では、遺言者が自筆証書遺言に印鑑を押さないまま亡くなった場合に、その遺言を見つけた相続人の一人が、慌てて亡くなった方の印鑑を使って遺言書に印鑑を押した場合、どういうことになるのでしょうか。
まず、大前提として、いくら本人の印鑑であったとしても、遺言を作成した本人が押印していないわけですので、(そのような不正が発覚するかどうかはさておき)この遺言は無効です。したがって、後でいくら印鑑を押したところで、遺言に従った遺産の分配はされないことになります。
もっとも、これだけでは終わりません。次の段階として、勝手に印鑑を押した相続人が「相続欠格者」となるのではないかという問題が出てきます。「相続欠格」というのは、遺言書の偽造・変造・破棄・隠匿などをしてしまった者が、相続人から外されてしまうという制度です。つまり、相続欠格者は、法定相続に従った相続もできないことになりますので、およそ何ももらえないということになってしまいます。
この点、遺言に勝手に印鑑を押すという行為は、確かに遺言書の偽造や変造にあたり、「相続欠格」となってしまいそうな気がしますが、最高裁昭和56年4月3日判決で、遺言の方式を整えて遺言者の意思を実現させるための行為であり、遺言に対する不当な干渉とは言えないなどとして、勝手に印鑑を押しても相続欠格者にはあたらないと判断されたケースがあります(なお、しつこいようですが、相続欠格にはあたらなくても、遺言としては無効です。)。
とはいえ、ケースバイケースの判断となりますので、遺言書に勝手に印鑑を押すことが絶対に相続欠格にならない、とまでは言い切れませんので、相続欠格になって何も相続できないという悲惨な結果にならないためにも、勝手に印鑑を押すような行為は避けるのが賢明です。